世界の鍼灸
2018年にWHO(世界保健機関)は鍼灸や漢方薬などを「伝統医療」として認定し、ICD(国際的に統一した基準で定められた疾病分類)の中に東洋医学の章が追加されました。
それまで、ICDの中には伝統医療を持つ地域(アジアなど)の情報が入っていませんでした。ここに東洋医学の章が追加されたのは、西洋医学一辺倒だった世界医療基準が大きな転換期を迎えた瞬間でもあります。
この認定によって、中国とは異なる独自の進化を遂げてきた日本の鍼灸・漢方の有用性にも光が当たり、「日本の伝統医療」として再評価されつつあります。
欧米を含め、世界で鍼灸治療が行われるようになった現代でも、その実情を知らないという方は多くおられるでしょう。
今回は、「世界の鍼灸と日本の鍼灸の違い」についてご紹介します。
鍼灸の有用性を公的に承認するアメリカやイギリス
鍼灸は、日本や中国、韓国などアジアに限って取り入れられているものではありません。現在では、世界100か国以上で採用されている、ポピュラーな伝統医学のひとつです。
中でも、以下のような国では、その有用性を公的に承認しています。
- アメリカ:アメリカ国立衛生研究所(NIH)が承認(1997年)
- イギリス:イギリス医師会が承認(2000年)
アメリカ
公的医療制度がないアメリカでは、国民のほとんどは民間の医療保険に加入します。そのため、病気にならないよう予防しようという意識が高く、その考えのもと「未病(病気になる一歩手前の状況)を治す」東洋医学が支持されたのです。
コストも抑えられる鍼灸は、保険会社にとっても歓迎すべきものでした。さらに、自然派志向の人にも広く受け入れられており、アメリカ人の医療における選択肢のひとつになっています。
イギリス
イギリスの国民保健サービス(NHS)の病院では、出産やペインクリニック、癌治療などで鍼灸が保険適用となっています。
この制度を後押ししているのが、チャールズ皇太子です。チャールズ皇太子は、鍼灸やアロマテラピー、ホメオパシーなどの補完代替医療(CAM)普及を目指す団体の支援者でもあります。
ドイツ
補完代替医療(CAM)の先進国として知られるドイツでは、CAMについての知識は医師にとって必須のもの。ペインクリニックの約8割は鍼灸治療を実施しており、日本の鍼製造メーカー「セイリン」が唯一、海外支社を置いているのもドイツです。
また、ドイツ保健局の発議による大規模な鍼治療のランダム化比較試験(RCT=客観的に治療効果を評価する研究試験の方法)の結果、
- 腰痛
- 変形性膝関節症
- 緊張型頭痛
- 偏頭痛
などの疾患に健康保険が適用されています。
海外の鍼灸師
日本の鍼灸師は、医師とは異なる職業として独立した免許を持ち、医療行為とは切り離されています。しかし、欧米の鍼灸は、医学部で最も積極的に取り上げられている補完代替医療(CAM)のひとつ。
フィンランドでは、1970年代以降、鍼治療が医学部の履修科目のひとつでした。
アメリカ、イギリス、ドイツなどを除き、多くの欧米諸国では、医師にだけ鍼治療が許されています。
各国の資格
では、海外で活躍している鍼灸師には、どのような資格が必要なのでしょうか。
国 | 制度 |
アメリカ | 州ごとに異なる免許制度があり、その州での免許取得が必要 |
ドイツ | 医師、自然療法士、助産師もしくは医師監督のもとでの施術が許されている |
イギリス | 国家資格が存在せず、民間資格が主流 |
フランス | 主に、医師、助産師が鍼灸専門医としての研修を受け、資格を取得する |
オーストラリア | 2012年7月に国家資格となり、AHPRAへの登録が必要 |
中国 | 中医師免許取得と医師登録が必要 |
このほかにも、ニュージーランドでは就労ビザがあり、日本の国家資格を取得しさえしていれば、鍼灸師として従事できます。しかしこのような国は珍しく、ほとんどの国で、現地でのライセンス取得が必要とされています。
日本の普及率が低い理由
2006年10月「日本補完代替医療学会誌」で発表された「国際化する鍼灸:その動向と展望」によると、1年間のうち最低でも1回鍼灸を受ける日本国民の割合は、約6%程度だといいます。
日本で鍼灸の受療率が低い理由の背景にあるのが、国民皆保険制度です。
健康保険が適用されるには制限があり、自費施術になることがほとんどのため、西洋医学を受診した方が「負担が少ない」という意識があります。
海外の保険制度と異なるお国事情が、患者さんたちに選択肢の幅を狭めてしまっているのが実情です。
今後は補完代替医療として鍼灸の普及が進む
欧米諸国と比較して鍼灸の普及が遅れている日本に、西洋医学による医療と鍼灸などの補完代替医療(CAM)がタッグを組んで治療にあたる「統合医療」の考え方が導入され、厚生労働省主導のプロジェクトチームが発足したのは、2010年のことです。
行政が補完代替医療に注目し始めたきっかけのひとつが、年々膨れ上がる医療費負担でした。
厚生省保険局の推計によると、2025年には医療費負担の総額が100兆円を超え、高齢者の負担はますます深刻化していくものと考えられています。
「具合が悪くなってから病院に行く」のではなく、「未病のうちに治す」東洋医学の考え方が必要だ――そう痛感する実情があるのです。
また、
- 積極的に健康食品を摂取する
- ストレスケアに取り組む
など、代替医療への国民の関心の高まりも、この流れを後押ししたのでしょう。
今現在、日本における鍼灸への関心度は、世界の中でもかなり低いのが現状です。これはとても残念なことですが、WHOによる東洋医学の認定が追い風となり、日本における鍼灸治療が広く認知されるようになることを願っています。
経済的な負担がさほど感じず鍼灸治療を受けられる日も、そう遠くないかもしれません。
おわりに
日本の漢方は、古代中国の流れを組んだ中に西洋医学的な考えをも取り入れて、現在に至ります。そのため、中国本国とは生薬の使い方や処方の仕方が異なる、日本オリジナルのものになりました。
鍼灸もこれと同様に、日本人の体質や風土、環境に合わせて進化を遂げてきました。
中国では太いはりを用いて、刺激を強く「響かせる」施術を行いますが、日本では細いはりを使い、比較的浅く打つのが主流です。
はりを打つ際には、筒を使って痛みを和らげつつ施術するなど、受け手の負担軽減にも配慮した細やかな手法が用いられてきました。
今後ますますはりの有用性についての研究が進み、多くの方が鍼灸のよさを実感できる環境が整うことを願っています。
◇参考文献
山本竜隆『統合医療のすすめ―治る力を呼びさます』(東京堂出版)
一般社団法人日本統合医療学会 公式HP http://imj.or.jp/intro/state