鍼灸の歴史

鍼灸の歴史

近年になって、東洋医学が注目を集めるようになりました。西洋医学の病院でも、漢方薬を処方する医師が増えているようです。

東洋医学には大きく分けて

  1. 漢方薬
  2. 鍼灸

の2つの柱があります。

漢方薬は、体質や症状に合わせて複数の生薬をブレンドし、複合的な効果を期待して処方する、いわばオーダーメイドの薬です。

鍼灸は、はりやお灸を使い、気血(きけつ)が流れる経絡の状態を整え、人が本来持つ自然治癒力を引き出すものです。こちらも、症状だけではなく身体全体をみて施術する、お一人おひとりの患者さまに合わせたオーダーメイドの施術です。

今回は、気血の乱れがある経絡上のツボ(経穴)に直接刺激を与え、すぐに反応を引き出していく「鍼灸」の歴史について、詳しく解説いたします。

【発祥の地 中国】 古代中医学が起源の鍼灸

中国

鍼灸の発祥の地は、中国です。古代中国の春秋戦国時代(紀元前4世紀~3世紀ごろ)にはすでに、それまでに積み上げられてきた医療経験や知識を基にした、中国伝統医学が形成されていたといわれています。

現代にまで伝わる中国最古の医学書は以下の3つです。

  1. 『黄帝内経(こうていだいけい)』
  2. 『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』
  3. 『傷感雑病論(しょうかんざつびょうろん)』

このうち、前漢末期(紀元前206~8年ごろ)に編さんされたといわれる『黄帝内経』には、「素問(そもん)」と「霊枢(れいすう)」のニ書があります。

「素問」は気の概念をもとにした中国医学の基礎理論(生理・病理など)について、「霊枢」は鍼灸などの臨床的な内容が中心です。

『神農本草経』は自然の生薬365種について書かれた薬物学書で、上薬・中薬・下薬の3ランクに分類され、解説されています。

『傷感雑病論』には、「傷感論」と「金匱要略(きんきようりゃく)」のニ書があります。これらは、病気に合わせた生薬の組み合わせ方(処方)や治療について書かれたものです。

仏教とともに鍼灸が日本へ伝来

日本の歴史

日本で最も古い鍼灸の記録は、414年のもの。朝鮮半島の新羅から来た「金武」という人物が、第19代允恭天皇(いんぎょうてんのう)の足の痛みを治したというエピソードが残っています。

その後7世紀に入ってからは、遣唐使や遣隋使によって中国医学の書物が伝わるようになりました。984年には、鍼博士であった丹波康頼(たんばやすより)が、これまでの随・唐医学を集成した『医心方(いしんほう)』を編さんしています。

これは日本に現存する最古の医薬学書で、日本の気候風土や考え方などが反映されたものです。

その後、安土桃山時代に入り、明の時代を迎えた中国と盛んに交流するようになりました。その中で、「後世方派(ごせいほうは)」と呼ばれる漢方医学が、明に留学した田代三喜(たしろさんき)によってもたらされ、曲直瀬道三(まなせどうさん)一門により継承されて、隆盛を極めることになったのです。

「後世方派」は、陰陽五行説を基に、経験処方を駆使した実用的な漢方医学です。

【戦前の鍼灸】 西洋医学が台頭し、鍼灸は存続の危機に

日本

江戸時代に入ると、鎖国政策によって、中国医学に関する情報が入りにくくなりました。これこそ、日本の鍼灸術が独自に研鑽されるようになったきっかけです。

江戸末期になってもたらされたのが、西洋医学「蘭学」です。長崎の出島にあるオランダ商館駐在の医師から得たオランダの解剖学や外科学に関する知識は、当時の日本人にとっては考えも及ばないようなもので、蘭学を学びたいと考える人が急増しました。

明治維新後、ドイツ医学主体の西洋医学が主流になる中、1883年には医師免許規制が成立しました。

この医師免許規則によって、医師として認められるのは、西洋医学を修めた者だけに。鍼灸は、法律上、正当な医学としての地位を失ったのです。

その後、主に視覚障碍者が担う職業として鍼灸の営業資格が残されることになり、伝統医学としての鍼灸は存続の危機に立たされることになります。

【明治時代~戦後の鍼灸】 再評価された東洋医学、鍼灸師は国家資格に

家族

こうして衰退の一途をたどる東洋医学でしたが、復興のきっかけとなったのが、

  • 和田啓十郎著『医界の鉄椎(てっつい)』
  • 湯本求真著『皇漢医学(こうかんいがく)』

などの著書でした。

東洋医学の有益性を説いたこれらの書物によって、昭和に入ってから次第に、漢方が再評価されるようになります。漢方に関する研究がはじまったり教育機関ができる中、1938年に東亜医学協会が発足しました。

戦後、日本を占領したGHQは鍼灸治療を禁じようとしましたが、存続運動が起こりました。その運動が功を奏して1947年12月に制定されたのが、現在の「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」の原型です。

その翌年には「あん摩師・はり師・きゅう師 及び 柔道整復師法」が施行され、国家資格として確立しました。幾度かの法改正を経て、現在では、3年以上の期間養成機関で学ぶことが、「はり師」と「きゅう師」国家試験の受験要件になっています。

おわりに

今では、鍼灸の科学的裏づけを得るための研究が学会レベルで進められるようになりました。欧米でもその有益性が認められるようになり、世界100か国以上で採用されるなど、もっともポピュラーな伝統医療のひとつになっています。

今後ますます高齢化が進み、生活の質向上(QOL)が求められる医療の現場において、病気や症状だけを診る西洋医学だけでは、患者さまお一人おひとりのニーズに応えることができません。

それぞれのつらい症状に耳を傾け、お身体を包括的に診て、その根本原因を探る東洋医学が真価を発揮することが求められています。

鍼灸は、お一人おひとりが本来持っている自然治癒力を高めるものです。こうした治療が今後よりいっそう重要な選択肢のひとつになるのは間違いありません。

 

◇参考文献
根本幸夫 著『やさしくわかる東洋医学』(かんき出版)
関直樹 監修『東洋医学の効く!しくみ』(ナツメ社)